注:性的表現有。
芥
あんまり毎日毎日しつこく太一が付きまとうものだから、いいかげん俺もウザくなって怒鳴り散らしたらそれでもしつこく俺のうしろを着いてくるので少しへこませようと思って強姦した。
男とやるのは初めてだったが、やり方くらいは知っていた。太一の肛門に一物を突っ込むと、すぐに驚くほどに赤い血が沢山出て流石に俺も吃驚した。太一は火がついたように泣き叫びながら物凄い力で抵抗していたが、それを押さえつけるのに訳なかった。棒みたいに手も足もガリガリに細く、白くて黄色い胸は肋骨に皮が張り付いただけで頼りなく、俺は彼の生命さえこの手に握っていることを欲情した。俺がいつも興奮する時、目の前にしている女の不思議な匂いはどこにもなかったが、太一の血の匂いは温かくて、優しいもののような気すらした。ことがすむ頃になると太一は声も枯らして泣きつかれ、あの、ビー玉みたいにニセ物じみた黒くてでっかい目を見開いて俺をじっと見ていた。俺が身体を放すと、彼は失禁した。俺はそれを笑い、彼を残したまま、誰もいない真っ暗な部室を後にした。これで俺は平和だ。
そう思ったのだが、翌々日に太一は昨日までと全く変わらない表情で俺の前に立っていた。流石に俺がやった次の日には身体が動かなくなったらしく、学校も部活も来ていなかったと言ったがそのセリフさえ笑顔で、何ひとつ太一は変わっていなかった。太一に、俺が怖くないのかと聞くと、確かに怖いですと答えたが、その後にでもそんなこと僕にはどうでもいいことですと言って笑った。裏も表もない、ひたすらに明るい笑顔だった。
「先輩、煙草は駄目ですよー!
タバコを吸うと早く息が切れるようになるんです」
太一は気がつくと俺の傍にいて胸がむかつくようなことを喋り続けている。こいつが喋ることは動物の鳴き声みたいで、ホントに音の響きでしか俺の鼓膜に訴えかけない。右から左だ。校舎の中は目の前にうざったい物が多すぎて俺は嫌いだが、屋上は物がなくて、見回せば大抵が空だ。だから俺はいつも屋上に居る。屋上への入り口は完璧に閉鎖されていて、踊り場の窓も針金で開かないようになっている。さすがの俺もそれを壊しては、屋上に出入りしていることが教師にばれると思ったので、この屋上よりも一段低い所にある、L字型の吹きっさらしになっている渡り廊下からここまで登ってくるのだ。こういうことをするのは俺だけじゃないらしく、誰も来ないはずの屋上には、所々空き缶や煙草の吸殻が散乱していた。
「うるせえよガキ。ごちゃごちゃ抜かすな
また犯すぞ」
俺はその話題を出せばさすがに太一も怯むかと思ったが、奴は特になんの引っかかりもなく、やめてくださいよ、等と言いながらガキみたいに笑っただけだった。
フェンスに寄り掛かると下の誰かに見つかって面倒なことになるので、俺は大抵、広々とした屋上の真ん中あたりに寝転がる。太一は俺の横にぴったりと身体を寄せ、膝を抱えて座っていた。
「オメエいいかげんウザい。
マジで帰れよ。部活行かねえから」
太一といるといろいろなことが思い通りにいかなくなる。こいつはアホなので、初めて俺を追って屋上に来た時、フェンスに寄り掛かってずっときゃんきゃん喚いていた。しかもテニスコートから直で見える場所でだ。下のほうで南っぽい声が聞こえたので、俺が慌てて太一を呼び寄せると、太一は行けませんと、言った。理由を訊ねると、広い場所の真ん中に立つことは恐くて出来ないのだと答える。「何だそれ」「えー、広いっところって、恐いです」「は?お前、そんなんじゃコート立てねえじゃねーかよ」「ハイ、だからマネージャなんですー」。そのときは無理やり真ん中に引きずって来てしまったのだが、それ以来奴も俺にくっついたままなら広い所も平気なようだった。しばらくして、それは広所恐怖症というものではないかと思った。太一自身はそれに気付いていない。
「亜久津先輩
部活に行くんです」
「うるせえ
何気に命令口調になってんじゃねえよ」
今日も太一はしばらく粘っていたが、結局三十分ぐらいすると諦めて下に降りていった。渡り廊下と屋上の間には少し隙間があり、下手をすると落ちてしまいそうになる所もあるのだが、太一はそのまま頼りない足つきでぴょんと飛び降りた。俺はいつか足を滑らせるんじゃないかと思っている。でもなんだか太一は地面まで落ちても死なないような気がする。いや、絶対死ぬ筈だけど、死なないような気がするのが止められないのだ。
俺が学校を出るとき、太一は大抵俺から見えるところにいて、そしてほぼこちらに気付いている。気付いているが何の声も掛けない。なにも考えていないような顔でこちらを見つめ続けて、俺と目が合うと、にこっと破顔する。それを見るとなんだか身の毛がよだつような気がして、嫌いだ。今日も太一は笑った。空みたいに突き抜ける明るさでずっと笑っていた。
次の日、も太一は俺のうしろに引っ付いて、屋上にやって来て、懲りずに煙草は駄目だと言い、俺に怒鳴られても離れることはなかった。
「お前、マジでおかしいぜ?」
俺は不思議でしょうがなかった。太一にとって部室でのあの出来事が性的な意味を持たずただの暴力の一種として単純化して捉えられていたとしても、俺を恐がらず付きまとい続けている神経がわからない。
「どういうことですか?」
太一はワイシャツの裾をいじくりながら、俺を見上げている。
「だって、お前、この前俺が部室でやったことの意味わかってんのか?」
太一は表情を変えずこちらを見つめている。
「あれ、レイプだぞ?強姦。知ってんのか?」
俺がそう言うと太一は自分が何も知らないと思われたのが腹立たしいと言う表情で少し眉をしかめて
「知ってます」
と言い返した。
「本当かよ」
俺は信じられなかった。こいつの性知識はああいうものを認識できるほどのものじゃなかったかもしれないじゃないか。第一、女ならまだしも、こいつは男だ。
「本当にわかってんのか?
セックスだぞ?男同士でも出来んだからな」
「わ、分かってます!」
俺が疑わしげな目で見ると、太一は焦って一生懸命自分がセックスというものを知っていることを主張した。
「知ってるです。男同士でどうやるかとかは知らなかったんですけど、おしりの穴を使うんですね」
馬鹿みてえだ、と思った。このガキの世界では、全てがこいつの尺度で捉えられているので、全ては俺から遠い、小さなままごとのように見えた。
「やった俺が言うのもなんだけど、俺のこと、恨んだりしねえの?」
俺がそういうと太一は頑固な人をどうやって納得させようか、といった風な困った顔になって、苦笑した。
「僕は、どうでもいいんです。
亜久津先輩が良いんならいいんです。
本当に」
彼の妙な、自己犠牲のような偶像崇拝のような言動が俺を落ち着かない気持ちにさせた。
「何だそれ」
太一は、苦笑していた顔をぴたりと紙のような無表情に戻すと、少し黙って俺をじっと見た。その目は俺がこいつを強姦した夜の中で蛍光灯を受けて光っていたのと全く同じような深く深い密度で光を反射していた。あんまりつるっと水を湛えたように光るので、またそれはにせもののように思えた。
「僕、温もりとか信じないです」
その言葉には、俺の周りにいる人間からは、一度も聞いたことがないような、潔く確信した響きがあった。空が明日も消えないのを信じているのと同じような声音で、太一は人のぬくもりというものを信じないという。何だそれは。
このガキがそんなばかばかしいほどに人と人との関わりを深く示唆する単語を出してくること自体、俺には奇妙なことに思え、すこし笑いすらこぼれた。
「何だそれ」
俺は二度言った。太一は水溜りみたいな目で俺を仰いだ。
「亜久津先輩は、そうじゃないでしょ?
そういうところが好きなんです。
亜久津先輩は、僕が憧れる命の形をしています。
亜久津先輩は燃えています。燃えてますが、それでも亜久津先輩からは何も無くなりません。
僕には何もありません」
「お前訳わかんねえよ。
なんだよそれ。」
俺は太一があんまりに、今まで酷く傷付いてきた人間みたいなことを言うので腹が立った。訳が分からないと思った。
「?
難しいですね」
「難しくねえよ。意味わかんねえのかよ馬鹿」
「分かってます。僕は馬鹿です。
ごめんなさい亜久津先輩。好きで」
太一は悲しげな言葉を、悲しげに吐いた。ああ、こいつは少しおかしい、と思った。心の流れがとても不自然だ。どこがどうだかは分からないが、太一は少し、俺の知る今までの誰よりもくるっている。
これは俺の知らない生き物だ。
「先輩、部活に」
俺は度重なる太一の催促に押し切られる形で部活に顔を出すようになった。それでも三日に一度は休んだし、練習メニューに即したことはほとんどやらなかった。時々千石と打ち合ったり、後はひたすら走っていた。南が俺を扱い難そうにしているのが、不愉快で、爽快だった。
知っている人間が多い場所はきらいだ。俺が部室で着替えるのはたいてい誰もいないときだった。まだ他のやつらが部活に励んでいるうちに帰ってしまうか、それよりも遅くなると皆帰った後に部屋を使う。俺が一人居残っている日には太一が鍵をかけて顧問まで持っていく役目を任されるらしく、太一を強姦した日もそんなわけで二人だけ残っていたのだった。今日も太一は俺と二人きりだったが、やはりおびえるそぶりを見せず、ベンチに座りテニスボールを一通り数え終えると満杯の篭を思いがけない力で持ち上げ、ロッカーに仕舞っていた。俺は自分の着替えは終わっていたが、タバコを吸いながらなんとなく太一が着替える姿を見ていた。
太一の身体は良く見ると、鈍い釘で引っ掻いたような傷跡がたくさんあった。あまり見たことのない、奇妙に這うような傷だ。この前、夜の部室でひん剥いた時には、暗いのと太一が暴れまくるのとで気が付かなかったが、尻や背中や太腿に、古くすっかり治ってしまったが、未だに痕を留めるものが数え切れないほどある。背中の下の方のひどい部分はケロイド状ともいえる、ごつごつうねる変な皮膚になっていた。
「お前、何これ?」
あまりにその傷跡が異様だったので俺は聞いた。
「何です?」
太一は、最初、俺の疑問が何に対してだかが分からないようだった。
「なんか、ずげえ傷跡があるじゃねえか。
何なんだ?」
傷跡、と聞いて、やっと得心がいったように表情を緩ませると太一は言った。
「あーそれですか。
それはですね、昔、母にやられたんですー」
「はあ?」
「母は怒りっぽい人だったんで、僕がちょっとそそうをしてしまうと、すぐにすごくぶったりする人だったんです」
躾の範囲の怪我ではないということは分かる。しかし太一は、普通の、肉親を語る口調で言った。
「こんなにボコボコしてて痛くねえのか?」
「今は寒い日に少し痛くなるくらいです。
でも、そのときは本当に痛かったですよー。すごく。
抵抗なんか出来なくて、何回も死んじゃうんじゃないかと思いました」
「お前、そんなのと住んでんのかよ」
そんなことを、そんな顔で話すのか。
「母はもう随分前に死んだんです。
死んだときは本当にほっとしたです。僕、死なずにすむって」
「へえ……」
「嫌な話ですよこんなのー。
ごめんなさいです」
「俺は……いや………」
「もーあの人普通じゃなかったですからね」
「へえ」
俺は、返答のしようがなかったので、ニコニコ話す太一にふさわしい、いかにも普通な相づちを打つに留めた。人が死んで、ほっとした、などという言葉を彼から聞くと何か、裏切られたような気分になった。それはつまり、俺が彼の何かを信じていたということになり、少しそのことに虚を突かれた。太一がちょっとおかしいのは、おそらく母親にこんなことをされていたからなのだ、ということが分かった。そのように考えるととても単純なことのように思えたが、彼の不思議な瞳のつややかさを見ると、人一人の狂った生い立ちが重くのめりこんでいるようで、少し恐ろしかった。太一は恐ろしかった。
俺は最近太一の笑う顔を見ると胸が締め付けられるようになる。もっと上手い言葉で言えればいいのだが、太一の顔を見ているくらいなら、自分で肺を握りつぶしてしまった方が気は楽だと思うことがある。そうして、俺は、太一を犯したことを後悔した。俺は太一を愛してやりたいと思ってしまった。憐憫とか、同情とか、俺が今まで一番きらいだと思っていたものすら全てひっくるめたすべての気持ちで太一を愛したいと思った。
理由はたくさんありすぎたが、全くないとも言えた。ありえなかった形の俺がもう一人ここにいると思えることもあったし、全く逆に、彼が遠くにある、ぺったりと美しい青空のようだと思ったこともあった。
小さな魂ひとつ、こんなに鮮やかに目の前にあるのが、息苦しいほどだった。
「亜久津先輩、僕のこと、強姦したの後悔してるでしょう」
強姦という直線的な言葉を躊躇いもなく使ったあと、太一は少し笑った。
「僕も辛くて死にそうでしたが、亜久津先輩もけっこうひどかった。
そういうときは、大抵後で後悔するんですよね。すぐ後か、ものすごく後かは、人によるでしょうけど。
ママも時々そうでした。僕はママを許せませんけど」
太一は、とても大人びた口調で言った。俺よりも、とてもとても大人びた口調で。
「だから、僕のことぶったり蹴ったりしていいなんてことはないですけど、そういうの見ると、僕もたまらなくなっちゃうんですよね」
「ママがぼくをぶつ時はたいていどこか楽しそうでした。ほら、何かが自分の思い通りになると、嬉しいですよね。そんな感じです。でも、僕のことをぶつのはいやだ、と泣くこともありました。不思議です。嬉しいのと、嫌な気持ちがママの中に一緒にあるってことは。
反対のことなのに」
「ママは、僕を殴るような人のまま、死んじゃいました。
僕は、あの人を助けられませんでした。
僕をぶつようなママは死んでしまえば良いなあと思っていたし、大っ嫌いでしたが、いなくなって、しばらくしたら、とっても悲しかったです。
多分、まだ生きていても、僕だけじゃ彼女を助けられなかったかもしれませんでしたが、今では色んな方法を思いつきます。」
「不思議です。死ぬほど嫌いだと思ったのに、好きっていう気持ちが消えないこともあるんですね」
「別に僕はただ単に亜久津先輩のことが好きってだけです。
強姦された時は、死ぬほど嫌いだったです。
でも、やっぱり次の日になると好きでした。悲しいです」
「あんだよそれ」
俺は太一が話している間、何一つ喋ることができなかった。俺が口を挟んだら台無しになると思った。奴は一通り、すべるように話した後、しっかりした声で言った。
「悲しいんです。
何事も、思い通りに行きません」
ここまで確信してることはないってくらい、ゆるぎなかった。
「お前、普通じゃないぜ?」
「亜久津先輩の方が普通じゃないですよー」
太一は笑った。太一に、俺の言葉は俺が届いて欲しいようには届かない。でも俺はこの先ずっと太一を傍に置くと思う。未来は知らないが、俺が見渡せる限りは、ずっとだ。太一の過去に関して、特に何も難しいことをしようとは思えないけれど。奴の母親が生きていなくてよかった。きっと俺はいますぐ殺しに行っただろうから。
帰り道は、冷えたアスファルトから夜のにおいがして、つめたく等間隔に蛍光灯が光っていた。太一はいつものように分かれ道まで俺の許可を取るわけでもなく、上機嫌で付いてくる。
「遅え」
俺は俺が二歩あるく間に三歩小走りする太一を振り返って声を掛けた。
「はい」
太一は笑ってこちらを向いた。裏も表もない、透徹した、心の底からの笑顔だった。
彼の目を見た。そこはとても美しかった。
2006.5.1加筆修正
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