「ほら、とてもよく似ている」
 彼が仁王を見る目は親しみに満ちていたが、それと同時に仁王に対する軽蔑や、柳生自身への自己嫌悪で隠微に込み入っていた。しかしたちまち彼はそれらを一緒くたに柔らかで曖昧な笑みの中へ溶かし込み、最終的にはどうしようもなくくだらない遊びにちょっと手を出してみただけ、という一段上のところから穏やかに仁王を見下している。
 字も書けない仁王に、熱心に時局の話を聞かせ、意見を聞いては笑っている彼はこのような街に入れ込んでいる時点で十分に酔狂と諧謔に満ちていたが、ここまでばかなことを朗らかにやってのけるのかと思うと、育ちの違いを感じてあきれるのが半分、共謀者のような喜びが半分といったところだった。
「このまま私はここへ残って、あなたは私の服に着替えて、私の家に帰って、戦争に行けばいい」
 そう言った柳生の目許は穏やかだったが、やはり隠し立ての出来ない狂気がじわじわと滲み出しており、それに対する生理的な寒気に背中の中心が震えた。明日出征するという時点で、もうすっかり正気の沙汰からは程遠い不協和音が二人の会話の端々にあるのは当然だったといえるけれど、それにしても、戦線へ旅立ってゆく男が最後の晩に一緒にいるのが、家族でもなく、母親でもなく、友人でもない、こんな場末のこんな男だというのは、普通の感覚をはるかに超えていてもはや無感動の域だった。籍を持たない仁王に召集命令は来るはずも無く、戦争へいくということの恐怖や、送り出されてゆくその圧迫感と背中においてゆく人々妄執などというのははるかに想像を超え、彼の言葉に仁王はぼんやりと微笑んだだけだった。実際のところは柳生にしても、全てを明日に控えこんなところにいる時点で、召集命令も、軍隊も、柳生の家のこともはるか遠くに思っているのには違いなかった。
「朝には、家に帰るんじゃろう。それでよかったっと」
「そうですね。でも、最後のこの放蕩にあきれたとしても誰も私のことを殴りはしないでしょう。そういうもんです。母は深く溜息をつくでしょう。でも、それくらいでしょう」
 そのように、自分を一晩待つ家族がいるという気持ちが仁王には理解できなかったが、それでよい、と思った。こんなふうに一時、柳生が自分と同じ格好をしてまるで戦争に行かないように振舞って、それで満足なのだったら、それはそれでよいではないか。そこまで考えて、自分の中にある柳生への好意の正体に目を凝らしてみたが、やはりそれらも茫洋としていて、手の中を滑りぬけてゆき、この自分に似た男に対して自分が抱いている気持ちもまた、少し違ったとしても鏡に映したように彼が自分に抱いている気持ちに似たものに違いない、ということで今は決着を付けるしかなかった。自分が同衾することで、柳生が一晩ほんのわずかでも気持ちを軽くして過ごせるのなら、今はほかの事を考える気にもならなかった。男娼まがいのやくざが一人、他に何をしてやれるとも思えなかった。




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