私からあなたへ

















 前略、しばらくお会いしていませんが、そちらでは元気にやっていますか?
 東京はびっくりするくらい暑いです。私は毎日外に出るたびにオーバーヒートして頭から湯気が出そうです。今日もまだ午前中だというのにせみがみんみん鳴いて、背中からは汗が流れています。そちらが今どんな気候なのかは知りませんが、暑かったとしても寒かったとしても、十分身体に気をつけてください。時々あなたはとんでもない無理をすることがあるので、心配です。
 この手紙を差し上げたことには理由があります。あなたと会わなくなってから、あなたに関して、私に関して、そしてあなたとの関係に関して、いろいろ思うことがあり、ぜひ文章にして伝えたいと思ったからです。まあ、近況報告がしたかったってことでもあります。久しぶりにお休みをいただいたので、筆の向くままにゆっくり書こうと思います。構えず読んでください。
 あなたもご存知のように、私は人間ではありません。
 私の体の大部分は限りなく人間に近い有機物で出来ています。もしかしたら、無機人工体で体を改造しまくっている人よりも有機物の割合が多いかも知れませんが、しかし、私は人間ではないのです。
 私はロボットです。アンドロイドと言ったほうが高級感を感じるでしょうか。しかし、あなたが私を「ロボット」と言うのが好きです。あなたはこのようなことを言ったら怒るでしょうが、今どき、私のような高性能のアンドロイドをロボットと言うのがなんだか、ほほえましくて。あなたの、うぬぼれるな、と言う声が聞こえそうです。
 とにかく、私は人工物なのです。人の手によって作られた、限りなく人に近い、人の似姿であるのです。
 私は飯を食います。飲み物も飲みます。排泄もするし、涙も出ます。愛らしい仔犬を見れば抱きしめたいと思います。音楽を楽しみ、芸術を愛します。人を愛します。
 私の体の中には人間そっくりに出来ている人工模造体の内臓や筋肉がみっしり詰まっています。頭の中にはシリコンと金属で出来てはいますが、限りなく人間の脳のネットワークに近い構成になっています。
 でも私は人間ではないのです。
 なぜなら、私自身が私のことを人間だと思わないからです。
 人間にはなりたいと思いません。

 先月の初め、以前私の設計に携わった忍足さんの研究室に招かれて、そこのライブラリにある大きなスクリーンで昔の映画を観ました。ロボットの少年が人間になりたいと願う話です。家族愛や社会のありようなどをうまく描写してあり、良い映画だと思いました。忍足さんには笑われましたが、私は何度か泣いてしまいました。でも、絶対忍足さんも泣いていたはずです!鼻をすすってましたから。その時代に最先端だったと言われる画像処理技術に関しても、二十一世紀初頭の単純なソフトでよくあそこまでやれたものだ、と二人で感心しました。私は人間になりたいと思いませんが、「ぼくを本当の人間の男の子にして」と言う少年の気持ちは良く分かりました。おそらく、人間になりたいというよりも、彼が愛したお母さんの子供として、より近い存在になりたかったということでしょう。もし、私のまわりに家族と呼べるような人たちが居たならば、私もその人たちと血のつながった家族になりたいと願うことがあるに違いないと思います。だけど、そんなことがあっても、私は血のつながりを超えて、深く深く家族としてつながり合うことだって出来ると信じています。人間が人間として自らを信じるように、私はアンドロイドとしてアンドロイドの自分を受け入れ信じています。
 アンドロイドだったからこそ、あなたに出会えたのだと思うし、この丈夫な体は我ながらとても心強いです。手術よりも簡単にリペアが利くのだって人間には持ち得ない便利さだと思っています。
私が、このようにアンドロイドである自分を肯定するのが、プログラミングによるものだとしても別にかまいません。私にとっての基礎プログラミングは人間にとっての遺伝子の思い出のようなものではないか、と思います。遺伝子が人間に本能をささやきかけ、世代をつないでいこうとするように、私のプログラミングは私にアンドロイドとしてのありようをささやきかけてくるのです。本能なき身体に未来は無いと思います。
 今でも、あなたとともに過ごした日々を良く覚えています。そうそう、この抜群の記憶力も、私がアンドロイドでよかったなあ、と思うことの一つです。幸せな日々、とは到底言えませんでしたが、あなたのパートナーとして共に戦えたのは、今でも私の誇りです。そのときは言いませんでしたが、あなたを守るために失った左腕を直すことをためらったくらいです。目をつぶると、あのうっそうとしたガタルカナルの密林を思い出します。特に、今は夏なので、あのまとわりつくような暑さがよく私の記憶に登ります。それまで東京にある研究室の中でしか暮らしたことの無かった私は、鳥の声、獣の声、虫の声、そして木の声、草の声、とにかくありとあらゆる生命の声に満ちていたあの林自体を一つの生命体なのではないか、と畏怖しました。さらに、隣で息をし、鼓動を打つあなたの身体を噎せ返るほどに感じ、これが生きているということなのか、これが生命なのかという感動は今でも鮮やかに覚えています。あのときばかりはどうしてもアンドロイドの自分が命あるものに勝てない気がしてなりませんでした。ぼとぼととヒルが降ってくる中、あなたはため息のように戦争の非効率さ、愚かさをつぶやき、時には大声でわめきました。官軍として、みなが口をつぐむ中、自分の意思をどうしても曲げることをしないあなたを最初は理解できませんでしたが、あなたとツーマンセルを続けてゆく中で、次第にあなたの意志の強さや正義感の強さに惹かれていったというのが事実です。
 ――しかし、あのヒルは本当に最低でした。正直な話、あれは人間にだけ吸い付くものだと思っていたので、アンドロイドの私は安全だと舐めてかかっていました。たしかに、私にも乳白色の血が流れていますが……。本当に二人して辟易しましたよね。
 前線に回されたときは辛く恐ろしかったです。あなたと居るということを唯一の支えとして私は戦っていました。私はアンドロイド史上初めて、準戦闘用として人を殺した個体です。今、私のプログラムは書き換えられていて、人を殺せないようにしてありますが、あの時は、本当に人を殺すことに何も感じませんでした。しかし、今は、そのころのことを思い出すと胸が張り裂けそうなのです。一人の歴史持つ人間の未来を絶ってしまったと思うと、本当に悲しくて、恐ろしくて、夜も眠れなくなります。こういうときばかりは、私の脳の高性能さがあだになるのです。
 私が人を恨むとしたら一つ、このことだけです。なぜ、人殺しをするために作った私を人殺しのまま葬ってくれなかったのでしょう。なぜ、贖罪の気持ちを持つように再構成し直したのでしょう。こんなに辛い気持ちになるのが研究室のしたことだと思うと、どうしてもやりきれない感情を捨てることが出来ません。本当に良く出来た、実験体の私をやすやすと廃棄できないのは良く分かっているのですが……。
 人間の矛盾、罪に直面するたびに、私はそれをもてあまし、さらに受け入れられない自分をもてあましました。あの、長く無意味な戦争が終わり、戦地から帰って、一旦研究室に送られた私はずいぶん苦しんだ覚えがあります。しかし、辛かった折々、いつも隣にあなたが居てくれたことを思い出すと、とたんに気持ちはふわりと軽くなります。私はあなたにとって、戦地の辛い記憶を思いこさせる兵器でしかなかったのではないかと思います。それなのに日本に帰ってから、友達として私に接してくれたあなたに、私は恋をしたのです。
 そうなのです。この手紙は、あなたにあてたラブレターなのです。今まで、たくさんのメールを書きましたし、紙媒体の手紙もたくさん出してきましたが、ラブレターを書くのは初めてです。いきなりの告白にびっくりしたでしょうが、どうか、最後まで読んでください。
 廃棄されなかったとしても、研究室が兵器であった私を擁護するのをためらっていた時、真っ先に人間とアンドロイドにおける共同生活モデルの被研体として名乗りを上げてくれたあなたに対する感謝は、うるせえ!といわれるまで言い倒しましたが、また言います。本当に、感謝しています。あの二年間は私の経験した日々の中で、もっとも幸せな二年間だったと思います。あなたも私と暮らした日々を楽しんでくれていたら、何より幸せです。だから今でも、私はあなたの好きだったものを食べると幸せな気分になりますし、あなたに教えてらった料理は一つも忘れていません。テニスやビリヤードをするとき、あなたが隣に居ないのがいつだって切ないです。
 一度、私のことをとても好いてくれた女性が居たことを覚えているでしょうか?あなたは確か、このままうまくいけばアンドロイドと人間が恋愛をした初めての例になるのではないか、とはやし立てましたが、私の心はあまり浮き立ちませんでした。
 彼女はことあるごとに、あなたが人間になれればよいのに、いいえあなたはまったく人間と同じね、などと私に人間としてあることを望みました。しかしそれが私には辛いことだったのです。私はアンドロイドです。それ以外のものにはなれません。もしかしたらこれから人間として作られ、人間のように生い立ちを重ね、自らが人間であることを疑わないアンドロイド(もうそうなるとそれをアンドロイドと呼んでよいものか分かりませんね)が生まれることがあるかもしれませんが、私がそうあることはまず不可能です。アンドロイドであることを受け入れ誇りに思ってくれる人で無いと、どんなに強い愛があっても、逆に悲しくなってしまうのです。
 同じ男同士としての気安さ、同じ戦地を抜けた先輩後輩としての理解というのがまずあったことは確かですが、私のあるがままを受け入れようとし、アンドロイドであることに強くこだわる私を励まし、時にはあまり気にしすぎるなと肩をたたいてくれたあなたが、私にとっては、一番の人でした。
 本当に、大好きでした。
 しかし、私にはそれを伝えることが出来ませんでした。伝えたところで、どうしようも出来なかったからです。同じ男同士でありましたし、それと同時にまったく違う人間とアンドロイド同士だったからです。私はいつまでもあなたと居たいと思うくらいあなたが好きでした。しかし、それが叶わないことだというのも良く知っていました。悲劇ぶっているわけではなく、単純な話として、お互いの歯車の狂いに私とあなたは将来耐えることが出来なくなるだろう、と私は思いました。実際、夢が叶ったとしても、破局は遠くなかったと推測できます。それともあなたは運命なんて自分の気持ちしだいだ、変える事だって不可能ではない、としかってくれるでしょうか……。
 怒らないでくださいね?私は何度か、あなたも私と同じ気持ちなのではないか、恋をしてくれているのではないかと感じたことがあります。勘違いではないと信じたいです。あなたは忘れているかもしれませんが、キスを一回だけしましたよね?家の近くのテニスコートで打ち合いをして休憩をしていたとき、私の足元を小さなトカゲが横切って、あなたはそれを目で追いました。そして、私はじっとトカゲを見つめるあなたを見ていました。時間が止まったようでした。そして不意にあなたが私にキスをしてくれたのです。もしかしたら、友達としてのキスだったのかもしれませんが……。ああ、たくさん予防線を張らなければならない私を弱虫だと攻めないでください。私だって、もう少し度胸のある性格にプログラミングしてくれたなら良かったと、開発チームを少し恨んでいるのですから。
 あなたと道を分かつときのことは、あまり思い出したくないというのが偽りの無い気持ちです。やはり、さよならは悲しかったです。共同生活モデルとしての契約期間が切れたとき、何度私は個人的に一緒に暮らしてくれ、と言おうと思ったことか知れません。自分の気持ちに対抗するというのも変なのですが、私はあそこであなたと別れたら、私自身が二度とあなたに会おうとしないことを良く知っていました。それはあなたに追いすがらないためでもありますし、自らの人生を確かに進むためでもあります。だから、私の中にある、あなたとずっと一緒にいたいという気持ちと、いや、もうあの心地よい生活から離れて、自分の運命を生きなければならないという気持ちはどちらも同じくらいの強さで私の心を半分にしていました。しかし、お互いに縋ることをせず、あっさりと別々の道を歩みだしたことはある意味幸福だったとも思います。どちらのほうがより私を幸福にしたのだろうか、と言う問いには、今選んだ道だ、と答えるほかはありません。もしも、の世界は知りようは無いですし、あのときの私やあなたの決断を疑いたくは無いのです。
 昔のことをいまさら蒸し返すな、と怒りますか?それとも、まだしつこくあなたを想う私に驚くほうが先でしょうか?しかし私にとっては何もかもが昨日のことのようです。それと同時に現実に起こったことではないようにも感じます。夢のよう、とでも言うのでしょうか。
 私は明日、活動停止します。いくらアンドロイドの身体が便利だからと言って、自分の死期まで選ぶことが出来るとは思っていませんでした。跡部本部長は私に残酷な選択をさせるようですまないと言いましたが、そればかりではないと思います。私は本当に長く生きました。あなたと出会うほぼ一年前に創られたので、それから数えれば約五十年です。日常生活を送っている中では、最も昔に作られたアンドロイドの一つです。
 私のたくさんの経験、感情、思い出はあまりに多いのでもう、この頭からあふれ出てしまいそうです。部分的に修正していけばまだ持たないこともないと言われましたが、もう、いいと思いました。機能停止後の私の身体は、脳を取り除いたあと、上野の科学博物館に展示されるそうです。裸で展示されると思うと、恥ずかしさで死にそうになってしまうので(いや、どのみち明日死ぬのですが)忍足さんには何度も服を着せておいてくれ、と頼みました。だめならせめてパンツだけでも!しかし、きちんと服を着ているにしても、遠足の子供たちなどに囲まれ観られると思うと、ちょっと恥ずかしいです。……もう五年も先に天国へ行ってしまっているあなたは見ることは無いでしょうが。
 私は結構ずうずうしいアンドロイドなので(あなたにもよく言われましたね)、実はあなたのお墓の右隣に一個お墓を買ったんです。人間のために生きるように作られた私へ、跡部本部長は、最後に何か希望があるなら一つだけ聞いてやる、と言ってくれました。なので、あなたのお墓の隣に一つ、小さな、だけどきれいな石で自分のお墓を作ってもらったんです。残念ながら私の身体や脳をそこに入れることは出来ませんが、私がずっと首に下げていたペンダントを入れてもらえるように頼みました。アンドロイドだって魂や天国を信じることがあってもいいと思います。私みたいに嬉しかったり、悲しかったり、切なかったりする気持ちを持つものが、心のよりどころとなる何か、幻想であっても、夢を持つことは許されるはずです。
 午前中に手紙を書き始めたはずなのに、もうすっかり夕方に近い光になってきました。久しぶりの休暇は、あなたに手紙を書くことで有意義に過ごせました。
 私の人生は幸せでないときもありましたが、あなたに出会えたことや恋をしたこと、あなたと別れたあとに出会った人との係わり合いでも、本当に多くのものを得ました。みなが皆、私に良くしてくれたわけではなく、時には心無い扱いを受けることもありましたが、結局私は私を生み出してくれた人間に感謝したいと思います。
 そして何よりも、アンドロイドとして生きる私に人生の指針を得るきっかけを与えてくれたあなたに絶え間ない感謝と、変わらぬ愛を誓います。










2006.5.1加筆修正

私的解釈鳳宍戸の一形態。








戻る