ミュージカル「ラヴィン・ラヴィン・ロンドン!」



















第1幕 第1場 オペラハウスにて

暗闇より前奏曲始まる 後、舞台上手後方の楽団にスポットライト。劇中使用曲メドレーを演奏。
後半舞台上より鳥かご風の舞台装置が降りてきて、楽団をすっぽり包み込み、オーケストラピットになる。
メドレー終了後、舞台全体が明るくなる。
オペラハウスのホワイエで着飾った人々がなにやら噂話に夢中でざわざわした様子。

(曲始まる)
『ロンドンで話題の二人
 “いまどき”で“はやり”の二人
 若く光輝く 二人
 恋に落ちた 貴族と役者のチャーミングなお話
 誰だって気になるわ 噂好きのロンドナーなら
 誰だって知ってるわ 噂上手のロンドナーなら
 まあ まだ ご存じないのかしら
 それ はそう お気の毒ね
 なら よく お聞きなさい
(同時に)
 その貴族は「とっても貧しい清貧貴族!」
 その役者は「詐欺師紛いの変人役者!」
 上手く行くわけない/きっと上手くいくわ
 だって/だって
 恋だから/恋だもの
 きっと最後まで どうぞご覧ください 落ちるまで 恋に落ちるまで このトピックス!』

「よう客席で見かきゅうが、目当てもの娘でもおるんじゃろか?たいていの子ならつれてきてやるぜよ?」
「いいえ、いいえ、私はそういう目的で劇場に足を運んでいる訳ではないのです」
「貴族様は純粋にお芝居がお好きだと申されるのか?好きな女優くらいおろうに。男一人で足繁く劇場に足を運ぶ貴族なんぞ、よっぽどの偏屈か、鼻の下のばしたパトロン希望くらいじゃろう」
「では私はあなたの言う「よっぽどの偏屈もの」なのでしょうね」
「退屈じゃのう。おまえさん」
「あなたはとても面白い人だ」
「ふん」
「ご出身はアイルランドの方?」
「そうじゃけど」
「あなたのアイルランドなまりは歌のようですね。
 さすが役者さんだ。言葉一つが心地よい。手足も長いし、身のこなしもとても「官能的」だ」
「なんじゃ。バラでも差し出さんばかりの物言いだ」
「ふふ」
「わしが目当てだったと言うことでしょうか貴族様?なるほど、なるほど。貴族様のように若くて美しい男性が私のパトロンご希望だったとは!なんとも察しが悪くて申し訳ありませんでした。確かにお前さんは「偏屈もの」かもしれんのう」
「あなたのような魅力的な役者に投資できるとしたら、それは幸せなことでしょうね」
「見返りも大きいぜよ」
「例えば」
「あなたが望めばどこのパーティーへもお供に。パートナーにだって道化にだってナンパの相棒にだってなりましょう」
「あとは?」
「じゃあ月初め一日の舞台はあなたのためだけに演じましょう」
「いいですね。あとは?」
「あとは…貴族様が言えば、この後、私は朝までだって一緒にいましょう」
「あなたの手管にすっかりやられてしまいそうですよ。私は」
「俺ほど、飼って楽しい役者はおらんと思うぜ」
「でも、残念ながらわたくしはあなたの良きパトロンとはなれないんです」
「なぜ?嫉妬深い妻が?」
「いいえ。私に妻はいません」
「もう山のように愛人を抱えていて、わしには手が回らない?」
「いいえ」
「不能?」
「ははは。いいえ!残念ながらどれも不正解です。答えと言えば、とっても単純。私は貧乏。火がつくほど。ただ、それだけなんですよ」
「貧しい?」
「そう。悲しいことにね。貧しいと言っても、私は毎日、朝と夜には腹が暖かくなる程度の食事と、安らぐベッドを持っています。しかし、貴族としてはとても貧乏なんですよ。月に二回の劇場通いがちょっとした贅沢なのです。この服だって、一張羅をだましだまし着回している有り様」
「こりゃあ、ええカモかと思うたら、カモにもならん痩せ鳥とは!」
「ご希望に添えなくて残念です。でも役者さん、楽しいひとときをありがとう。私はあなたのパトロンになることはできませんが、次の舞台の時には、今日のお礼として花を贈りましょう。私の庭に咲いている、オールドノーブルローズをね」
「じゃが、わしのところには連日連夜山のような花とプレゼントが届くからの!お前さんから届いた小さな花束なんぞ、気付かんかもしれんぞ」
「それは、寂しいことですね」
「ふん」
「貴方のチャンスをチャンスにできなかったことにはお詫びを言いますよ。さあ、そんなに拗ねないで奇麗な人」
「気に入らん」
「困りましたね」
「お前さんは、気に入らんぞ。そんな好きな役者なら、どんなに小さくとも、毎回花束を届けるくらいのことはするべきじゃ。それが一輪きりだったとしても」
「ああ、あなたは」
「たとい俺が見向きもしなかったとしても、けなげに、献身的に贈り続けるべきなんじゃ」
「貴方は、なんてかわいい人なんだろう!銀狐のような役者さん。私はもう自分の知りうる言葉全てを使ってもこの胸の感動を貴方に伝える事はできません」
「嘘こくな」
「貴方の言う通り、私は貴方に薔薇を贈りましょう。そう、毎日。そしてその哀れな薔薇が貴方の目にとまらなかったとしても、私の薔薇はそっと薫り、貴方を密かに見守るでしょう」
「お貴族様。なんて美しい愛の言葉。しかし、わしは、それぐらいではほだされん。なぜなら、わしは愛の言葉と同じ位金も好きだからの。劇場も、貴族社会も、世の中も、金がないとみじめなことになろう?」
「素直さは美徳ですね」
「さあ、パトロンとならない貴方は、これからも週置きにやってきて、遠くから指をくわえて私を眺めるがよろしい」
「遠くから、しかも時折会う方が愛しさも長続きしましょう」
「いちいち腹の立つ男だ」
「ならば、その腹の立つ男をどうか忘れないで。さあそろそろお行きなさい。貴方は人気者だ。たくさんの人が待ってる」
「貧乏紳士め。よし、次にお前を客席に見たら、その日のアリアはお前にくれてやる」
「では、目立つように金のコートでも着て来ようかしら」
「無理じゃろうが」
「金のコートは無理でも、私の耳を研ぎすまして貴方の歌を熱心に聴きたいとおもいます」
「そう願うよ」
「では、すてきな役者さん。また会いましょう。どうか私の愛を心に留めておいて」

(曲始まる)
『レディス アンド ジェントルメン
 紳士淑女の皆様
 逃せないこの話 貴族と役者のこの話
 恋に落ちた二人の話
 馬鹿馬鹿しいお話 真剣なお話
 このトピックス ロンドンで持ちきり“はやり”の二人
 貧乏紳士とペテン師の 恋の鞘当て
 上手く行くわけない/きっと上手くいくわ
 だって/だって
 恋だから/恋だもの
 きっと最後まで どうぞご覧ください 落ちるまで 恋に落ちるまで このトピックス!』
(暗転)


第1幕 第2場 貧乏紳士の館 ガゼボにて

「こんにちは貧乏紳士さん!世界の恋人である俺が忙しい中をぬって、わざわざ君のこの洗剤くさい屋敷に足を運んでやったぞ!!」
「これはどうも男爵!今日も良いお天気で。今日もその珍妙なファッションセンスは健在なようでわたくしは安心することひとしきりです。貴方が頭に乗っけてている煙突みたいなものはあれですか?ブードゥー族の酋長のしるしか何かかしら?」
「これはシルクハットじゃないか!君も物を知らないね!今、帽子の鍔は小さめなのが”はやり”なんだな。ちなみに始めたのは俺だよ!ネオイタリアンスタイルとしてロンドンじゃ大流行だ」
「頭にブリキ缶をかぶるのが流行なら、わたくしは物事を心得ない莫迦な男のままで十分結構だと思いますね」
「あはははは!君は本当に減らず口だな!正直者は余裕があっていい!」
「貴方こそ正直者でしょう?噂はこの田舎まで聞こえてきますよ。なんでも先日、強引に顔合わせさせられた公爵の娘の前でカブキスタイルのキモノを着て踊り狂ったとか」
「あー彼女ね!彼女は大変な傑物であったよ!!だって俺が一幕踊りきっても、全く動揺の顔を見せなかったんだもの!感動してしまったから、もうこれは言うしかないと思って、その場でプロポーズしたのだけれども、女心といったら難しいもので、翌日丁重なお断りが来たと言う所だ。向こうからお膳立てしといて向こうから断るのがどうやらシャーロップシャー貴族のはやりみたいだね」
「彼女は、動揺していなかったのではなく、動揺のあまり気を失っていたのではなかったかを思われますがね」
「なるほど、そういう考え方もあるんだね。先ほど君のことを「物知らず」と言ったのには謝罪するよ。参考にしよう」
「おかまいなく」

(曲始まる)
『でも 貴族ときたら 何も知らないに越したこたない そんなお役目』
『そう?』
『タバコ吹かして 狩に出て 狐をいじめて満足さ!』
『それはそれは』
『借金をベッドに眠り キュウリサンドで贅沢三昧 お買い物はサインで済まそう』
『暢気なもんだ』
『シャンデリアに テールコート ご婦人の手をとって きわめて適切な話を』
『私には無縁』
『僕だって死んでもごめん!
 僕は駆け回りたい! 狐と駆け回りたい! 100エーカーの森を
 貴族なんて退屈 貴族だから退屈 
 土と薔薇と 遠い国のたくさんのダンス 僕は出かけるよ 船に乗って
 お金が無くなれば 港町で働いて それでいいじゃない』
『とんだ偏屈もの!』
『君も大概!』
 ハンモック揺らし 海へ出て 歌を覚えて大満足
 僕は駆け巡りたい! 鯨と駆け巡りたい 1000エーカーの海を』
『あなたにはそれがお似合い。型破りな貴族』
『僕にはそれがお似合い。型破りな貴族』
『『暢気で型破りな貴族』』

「で、今日はなに用があってお越しくだすったのです?もう私の庭には、園芸きちがいの貴方が薔薇を植えるスペースはありませんよ?」
「いやいやいや、もう君の家の庭はいいんだ。すっかり僕の理想通りに出来上がったからね。今の”はやり”は武人の道場回りを花で飾ることだよ」
「ああ…とうとう彼が犠牲になったのですね…」
「彼は泣いて喜んでいるよ!眉間の皺も薔薇の香りでほどけよう。
 まあヤツのことはいいのさ。君の庭、久しぶりに見せてもらったけど、相変わらず手入れが良いね。俺の屋敷の庭に負けず劣らずだ」
「何しろ貰った株が良いもので」
「違うよ違う。僕は女共のような気持ち悪いお世辞合戦をここにしにきたわけじゃあないんだ。生憎、微笑んだ…いや、ほくそ笑んだ口元を隠す扇子も持ち合わせていないしね」
「では?」
「まあ、急いては何も楽しくないよ?ひとまず、お茶を貰おうか」
「これは気付きもせずに。執事!男爵にお茶を!」
「砂糖はいらないよ!はやりじゃないからね。あーあとね。出来ればクロテッドクリームたっぷりのスコーンを!出来れば暖めなおしてホッカホカでね!
 ………うん。うん。とっても良いね。
 さてここからが本題だ。僕があげた薔薇の花が、結構切られているね?」
「ええ。この飾り気の無い屋敷に「華」を添えてくれるものは、貴方の薔薇くらいですから。手入れがてら何本か、毎日飾っておりますよ」
「その通り、薔薇は別に切って困る植物じゃない。たわわに咲いているなら、適度に切って飾ってやるのも楽しみのうちだ。
 だけど君?君、それだけかな?」
「わたくしは、お金も地位も無く、正直だけがとりえなのですよ?」
「この詐欺師めが!まあいい、今のところはそのようにしておこう。
 さて、じゃあここで面白い話を一つして進ぜよう」
「楽しみですね」
「俺が、芸術全般を深く愛していることはご存知?」
「もちろん。オペラからカブキから、ブードゥーのダンスまでね」
「その通り。芸術に国境など無いのさ。でまあ、芸術を愛する俺のこと、最近とっても人気の流行役者が居ると聞いたから、早速劇場まで足を運んだのさ。噂によると、大層な伊達男で芸達者、髪なんかは銀髪で、ちょっとデカダンスな雰囲気がとっても魅力的なんだと」
「へえ、どうでしたか、その流行役者さんとやらは?」
「なかなかさ!自分の魅力を良く分かっている役者と言うのは見ていてひどく安心だし、気持ちがいい。だのに、なんとなく危うげなところもあり、女性からの人気が高いと言うのも良く分かるね」
「それは良かった」
「そして、俺は気付いたのさ。「セビリアの理髪師」最後の幕、伯爵役を演じている彼の胸に刺さっている白い薔薇に!」
「舞台衣装ですから、華やかにするために花を挿していたっておかしくは無いと思いますが」
「あーもーここまで来ても君はそういう態度をとるかね?あの、伯爵の白い薔薇。あれは間違いなく、俺の薔薇であったのさ」
「というと?」
「伯爵の胸にあったのは、俺が手塩にかけて作った株、その名も「イタチと妖精さんの飲み比べ」という斬新な薔薇だったのさ。そして、僕が自分で育てた薔薇を見間違うなんてありえない。白の透け具合と、花びらの端っこの方のヒダのおかげで、重なりがとてもきれいに見えるんだ。でも育てるのが難しくて、まだ株を増やすことに成功していない。
 だから、その薔薇を持っているのはね、僕と、君しか居ないんだ。
 僕がその日、目当ての役者に送ったのは「木琴と女中の化かし合い」と言う名の赤い薔薇だった。
 そうなると、あの役者に、白い薔薇を送ったのは、君でしかありえないんだ!どんなに信じがたいことでも、最後に残ったことが真実なんだよ。どうだねワトスン君!!うわははははは!!君は恋をしたな!俺は見抜いたぞ」
「すばらしい推理ですね。ホームズだって形無しだ」
「珍しいこともあったもんだ。君が役者に薔薇を送るなんて。あのデカダンスな彼とは、どういう関係なんだい?」
「数度会話をしただけです」
「何処で?」
「オペラハウスやちょっとしたパーティーで」
「なんだそのちょっとしたパーティーってのは!」
「もう、もう、いいではないですか!貴方は本当に、こういうことに首を突っ込むのが大好きなんだから!」
「……いや、すまない…。調子に乗りすぎたね。君をからかうつもりは無かった…いや、多分にあったんだが、いじめるつもりなんて毛頭無かったことは信じてくれ。浮いた噂がなかった君に、とうとうロマンスの花が咲いたかと思うと、俺は嬉しくなってしまって、ぜひ手助けをしたいと思ってここに来たんだよ」
「何いきなりしおらしくなってるんですかあなたは…気味の悪い」
「いや、気付いてないのならいいけどね。一応言っておくけれど、君、顔が真っ赤だよ!」
「もうお黙りなさい!」
「ふふ。恋は人を子供にするというのは本当なのだね。
 君は僕が知る中でも、一等真面目だが、それと同時にひどく疑り深いだろう?貧乏貴族では誰も幸せに出来ないと思い込んで、独身主義を貫いている。俺は、そんな君がずっと心配だったのさ。配偶者というのはね、確かに守るべき存在ではあるが、それと同時に君を支える大きな礎となるものなんだ。
 この恋の花が咲くかどうかは、君とあの役者さん次第だろうが、俺は心より応援したいんだ。意地っ張りな清貧貴族の君をね」
「……あとちょっとの間、こちらを見ないでくださいよ。まだ、顔が熱くてたまらないんです」
「もちろんだとも我が友よ。ねえ、君ってばかわいいね。あの役者さんだって、澄ました君の顔だけじゃなく、こういう部分も知ったなら、きっと君に夢中になると思うんだ」
暗転


インターミッション



第2幕 第1場 子爵の邸宅

一人の着飾った年若いレディ登場。
(曲始まる)
『大事なのは 淑女たること しきたり 慣習 時には冷静に
 大事なのは レディたること 踊り 回り 社交界の花!
 そうでしょ? 僕は なんたって 完璧な 完璧な レディ
 教養も ばっちり 詩やなんかを 暗誦して
 手習いも ばっちり 刺繍とかを 刺していって
 はやりの フランスの詩 覚えたのよ  ……えーと。
 まーいーじゃない おおらかにね 社交界では 太陽のように
 大事なのは 淑女たること 微笑み うなづき 時には冷静に
 大事なのは レディたること 歌い 手を振り 社交界の花!
 そうでしょ? 僕は なんたって 完璧な 完璧な レディ
 完璧な 完璧な レディ』
 
「ディアー!ここのご主人様はいるかしら?僕のディアー!お願いだよ出て来てちょうだい。一大事なんだ!…ええいこの、やっぱりクリノリン風に仕立てたスカートは滅法歩きづらいな、くそ!」
「ウス」
「おっと失礼。こんなところに素敵な壁が出来たと思ったら執事かい。こんばんはごきげんよう?」
「ウス」
「残念ながら僕のご機嫌は蜘蛛の糸ほども良くはないの!さて、僕の親愛なる友は何処に隠れているんだい?マイディアー!一刻も早く来て、僕の話を聞いてほしいんだ」
「お前は十字軍でも起こすつもりかそんな土ぼこりを巻き上げて。はしたねえぞ」
「おー!僕の大切な友達。今日もその天上の青色をした瞳は変わらないね。それが僕の心を少しでもなぐさめてくれるよ」
「何があった?移り気なスミレの花。また恋に落ちたか?それともプロポーズでもされたか?」
「君ってば、全くに勘がいいね。ほんと、驚いちゃう。それでこそ僕の親友たりえるよ。実際に十字軍で出かけていくときは絶対君も誘うからね」
「ふ…お前こそ本当に見る目があるぜ!俺と手を組むこと、それすなわちこの世の栄華、覇権を手に入れることだからな!」
「きゃー!公爵ってば、かっきょいい!」
「で、何が一大事なんだ?よく見れば、お前の美しいドレスのオーガンジーに皺が付いているじゃないか。これは通り一遍のことじゃねえな」
「そうなんだよ、聞いて……。ああ……思い出すだけで涙が……。おおーいおいおい!」
「泣くんじゃねえ!百合の花にだって負けないその顔が台無しだ」
「子爵…!なんて君は優しいの…!おおーいおいおい!」
「おお!かわいそうな俺のきょうだい!どんな辛い思いをしたんだ?言ってみろ。たいていのことは金で解決してやる」
「僕は君がいなきゃ明日の朝、目を覚ますことだって出来なかったね。聞いておくれ。あまりにひどい話なんだ!」
「ちょっとお前ら、盛り上がってるとこ悪いけど、そのシルク総レースハンカチ、全然濡れてねえぞ」
「………あら、ミスタ、いらしたの?」
「お、なんだお前。居たのか」
「呼んだのはおめーだろうがよ子爵様よ。しかしひどい有様だなミス?いつまでたってもギャーギャーギャーギャー百舌みたいに騒いで」
「なんですってえ!」
「まだ発情期の猫のほうが静かだぜ」
「は、発情期…!僕の前でそんなはしたない言葉を口に出して、なんて野蛮なの君は!いつまで経っても君のことは決して好きになれる気がしないよ!未来永劫!」
「自分を野蛮でないと思うならもっと己の悲しみは静かに嘆けよ」
「ちょっと、君、僕のあまりに不幸な事件を聞いたらそんな口ふさがっちゃうほど驚くこと請け合いだよ?」
「ふん?」
「子爵もその貝殻みたいにきれいなお耳で聞いてね」
「もちろんだ」
「ぼく、昨日、プロポーズされたんだ」
「そいつは見る目のあるやつだ!」
「そいつはとんでもない節穴野郎だな!」
「いきさつはこうだよ。ねえ、この前僕が言っていた、それは美しいって噂の男爵さん覚えている?その彼が、噂通りの美男子なのか、尾ひれ背びれがついただけの魚の骨なのか一度見てみようと思ってさ、公爵に頼んだの」
「公爵も、美少年美青年大好きだしな…」
「で、僕は身分を偽って、公爵のいとこの療養中の末娘ってことにしてさ、シャーロップシャーにあるお庭のきれいな別宅で、お会いする手筈を整えたんだ」
「その妥協をしない精神は、素晴らしいもんだな!」
「でしょう?で、男爵がいらしたってコトで、どんな美青年が現れるか、もしかしたら…そんなことあるはず無いけど、子爵よりも綺麗な人だったら絶対に友達になろうって思ってわくわくしながら彼の登場を僕は待った」
「ほんっとお前ってミーハーな」
「僕の小鳩のような胸は、ドキドキ。ゆっくりドアが開く…でも、でもっ!そこから出てきたのは、顔を赤だの白だのに塗ったくって、厚手のキモノを着た男爵だったんだ!」
「斬新だ…!」
「でも冷静沈着な僕のこと、まだそのときはあまりに美しく可憐の僕と素敵な出会いを演出するためのサプライズだと思っていたの」
「いやそれはないから」
「でも、ちょっとたつとあまりな事態だということが良くわかったんだ。あの方ってば、ヨォーヨォーとか言う奇妙な声を上げながら頭を振り回して、何処だか外国の踊りを半時間ぐらい踊っていたんだよ!この僕とは、お茶も飲まず、お天気の話もせずにね!」
「それは…本当の話なのか?」
「ホントのホントさ!!なんなら同席した公爵に聞いてごらんよ!流石の公爵も、最後の方では胸元のスカーフがよれちゃって、直す気遣いも出来なかったみたいなんだから」
「あれか?世にも美しいと噂の男爵は、イカレてんのか?まあアレだな、俺よりも美しいものなんて、そうそうこの世には無いからな」
「とんだガセだよね!もう病院に入れるしかないと僕は思ったよ。すっかり呆気に取られてしまって、気がついたら時計の針が半周していたって次第なんだから。そして、もっと恐ろしい事態が僕を襲ったんだ」
「お前の胸の傷は痛むだろうが、ぜひ話して聞かせてくれ」
「最後にそのイカレ男爵は、僕の手を握って…と言うかね、彼、顔だけじゃなくって、手まで真っ白に塗ったくっていたんだよ!で、こう言ったんだ。「おお!すばらしい人」このすばらしい、って点は、僕はとても賛成なんだけど。「おお、すばらしい人、ぜひ僕と、レンシーシを踊っておくれ!」
 どう思う、これって!?僕にも一緒にあの狂気の沙汰をやれってことなのか?なんてひどい屈辱!許しがたい辱め!僕はもうあんな椿事に付き合うのは真っ平ごめんだったけど、そこはこの社交界の花、一応礼儀として、その場は丸く収めて、翌日丁重にお断り差し上げたって次第さ」
「何てことだ…」
「でしょう!そうでしょっ!もう、あれはもう人生最大の危機だったね!もうあの男爵ときたら…」
「違うぞ。間違っているのはお前だ!」
「ど、どういうこと?」
「やつは、確かに「レンシーシ」と言ったんだな」
「そうだよ。いや…「レンジーシ」だったかな…」
「それだ!」
「え?」
「お前はとんでもない思い違いをしているようだぞ」
「どういうこと?」
「「レンジーシ」とはな、キモノを着て踊る東洋の情熱的なダンスなんだ。
 親子の虎二匹の、深い愛情、そしてそれゆえ持ちうる厳しさを表現した、激しくも優雅な踊り。それがレンジーシだ」
「レンジーシ…そんなロマンチックな踊りだったのかい…!」
「その通り。そんな「レンジーシ」をお前と踊りたいと言うことはすなわち、お前を愛しながらも、それゆえに訪れる困難。それを二人で超えてきたいと思う男爵の心の現われなんじゃねえか?」
「そんな…そんな意味があったなんて…!」
「まだまだ社交界の花となるには経験が足りなかったようだな」
「ぼくは…僕は自分の未熟さゆえに、男爵の心を傷つけてしまった。なんてことなんだ。純真無垢であるということはとんでもない罪なんだね」
「だけど、いいじゃねえか。これでお前は、また一つ学び、そして美しくなった…」
「子爵…!こんなおろかな僕にそんな深みのある言葉をかけてくれるなんて。慈悲深い人。君とはずっと友達だよ」
「さあ、朝露に濡れるつぼみのようなレディ。終わった恋を嘆いている場合じゃねえぞ」
「そうだね。ああ、昨日に輝けるマイラヴ…過ぎ去ったからこそ美しい」
「気晴らしに、来月ロンドンで舞台でも見ようじゃねえか。なんだか話題の役者が居るらしいぜ」
「素敵、素敵!君の提案ってどれだって本当に僕をうっとりさせるよ」
「ウス」
「お。マドレーヌが焼きあがったようだぞ」
「え!食べる!マドレーヌに合わせるなら、お茶は香りが強めでフルーティーなのがいいな」
「言われるまでもねえ。準備万端だ」
「完璧!」

「先輩、途中から何にもしゃべってませんでしたね」
「あたりめーだろ。あいつらの会話に付き合っていると、脳内のぶっ壊れたバネがこっちにまでやってきちまう」
「ですね」
「お前も、部屋の隅っこで黙ってニコニコしてただけじゃねーか」
「触らぬ神に祟りなし、です」
「同感だ」


第2幕 第2場 テノール歌手のフラット

「一大事があるからと飛んできたんだが、どうした?」
「おお来てくれたんかバリトン!それが困ったことになってのう」
「いつも人を食ったように飄々としたお前なのに。珍しいこともあったもんだぜぃ」
「それはどういたしまして。そうだ、茶は飲むかの?」
「茶!お前が、茶だと!とうとう我らがテノール殿はこの小汚い下宿に足を運んでくれる数少なく心の広い友人に茶を出すことを覚えたか!明日は空からチョコレートでも降ってくるね」
「そんなときでも喰いもんしか想像できないおまんさんも難儀なもんじゃのう。まあよかよか。実際チョコレートだって用意しとうしな。あと山盛りのタフィーと、ドロップも」
「…本当にどうしたんだよ。俺をもてなすなんて。もしかして、昨日の夜、強く頭を打ったとか?もしくは何か詐欺的なたくらみがあるとか?それともこの俺の天才的な歌声のせいですっかり愛に目覚めたとか?」
「愛。なるほど。愛ね」
「ま、ひとまず茶は貰うぜ。砂糖もシクヨロ。あとチョコとタフィーとドロップもいただこう」
「ほれ。ローズティーをどうぞ」
「しかし、いつにもましてデカダンスで混沌として世紀末的な部屋だな。単純に言えば、ひどく散らかってやがる。横に渡ってる棒という棒ににタイがぶら下がっているし、床は靴だらけ、すべての平面には帽子が乗っかって、店屋でも始めんのか?」
「まあ、落ち着きや。これには理由があっての。わしにゃあとんでもない悩みがあるんじゃ…」
「それはこの山盛りチョコレートや山盛りタイや山盛り帽子…に関係する話?あと、愛にも」
「その通りじゃ。わしは今、大変悩ましい」
「なんで?この陽気でチョコレートがとけっちまうから早く食べなきゃと頭を悩ませている?なら俺に任せろい!次から次へと食べてやるさ」
「真面目に聞かんか!!」
「へいへい。まあ、「俺お前」の仲だ。腹割ってはなせよ」
「それがの」
「おう」
「決まらないんじゃ」
「何が」
「帽子が!」
「帽子?」
「プロポーズに相応しい帽子が見つからないんじゃ!」
「帽子だってぇ?」
「そう!素敵な帽子がどうしても見つからず、わしゃあ途方に暮れとるんじゃ!」
「帽子…」
「なあ、独身主義者の貧乏貴族だってたちまちとりこにしてしまうような帽子はどんなもんじゃろう?やっぱりお硬くトラディショナル?それとも、はやりに乗っ取った方がええかの?」
「はー…。いつもは悩みなんて話さねーお前が一大事だって言うから飛んできてみれば、帽子とは…」
「なあ…彼はどんなタイが好きなんじゃろう?少し浮気な感じがしたほうが、わしに夢中になるかしら?このちょっとくすんだ紫とか、フランスっぽい方が気になる存在、になれそうだと思わんか?」
「お前には何色だって似合うと思うぜ…」
「靴は何がええじゃろ?靴が人を表すというからの。タイは浮気な感じで、靴は意外と誠実なつくりって言うのが、男心をくすぐるよな?」
「まあ、靴もタイも帽子も、お前が好きなのを選ぶがいいさ。ところで、一番聞き捨てならないのが、プロポーズって単語なんだけど」
「お前も知っとろうが。毎月一日の紳士を!」
「お前が毎日詐欺師なのは知ってるけど、何だよその一日の紳士ってのは」
「毎月一日に、俺の歌を聴きにきとる優しげで知的で顔がよくって身のこなしが優雅で笑顔が魅力的な紳士のことじゃ」
「えー?あー?貴族ジェントリの類なんて山ほど来てるからな…俺は目はいいけど」
「ほら、眼鏡の良く似合う」
「眼鏡の紳士ぃ?……もしかして、いつも桟敷近くの席にいるビンボーくさい紳士か?一度お前の楽屋でも見かけたけど」
「そうじゃ!その清貧の紳士」
「ものは言いようだな」

(曲始まる)
『毎月一日の紳士がなんだか気になってしょうがない
 なんだか目ざわりできらきらして
 あすこは客席で、スポットライトを浴びているのは俺だのに
 意地悪が言いたくてしょうがない つれなくしたい いけずにしたい
 完璧にして 帽子からつま先まで完璧にして 
 でも自分からは言わない 相手に気付かせて 褒めさせたい 褒めてもらいたい
 わがまま言いたくてしょうがない 頬をつねりたい 前髪をはじいて
 完璧にして 帽子からつま先まで完璧にして 
 でも自分からは言えない 相手が折れるまで 愛させたい 愛してもらいたい
 毎月一日の紳士がなんだか気になってしょうがない
 しょうがない しょうがない そればっかりはしょうがない』

「そろそろその紳士様に、俺はプロポーズされる頃合じゃからの、相応しい装いでその時を迎えたいんじゃ」
「なんでまた、そんなことが分かるんだ」
「彼…最近、俺と逢うときはいつもお天気の話ばかり…」
「話題が無いのか?」
「違うわ!貴族がお天気の話ばかりなすっておるときは、プロポーズの前触れと決まっとろうもん!」
「そんなものなのか?俺は大いに疑問なんだが」
「お前さんは彼を知らんからの。あの茶色い瞳に宿る情熱に気付けんのだよ」
「あきれた問題だな」
「まあとにかく。バリトン殿。俺はある意味冷静でもある。ひとまず、彼は俺を愛してる」
「そう仮定したとして?」
「どうやってプロポーズを言わせるか。そこが問題」
「別に、お前が言うように、プロポーズに相応しい帽子とタイと靴で彼に会いに行けばいいんでないの?」
「それで平気じゃろうか?」
「俺にはわかんねえけど、お前みたいな駆け引き上手がそこまで言うんならもう城は陥落したしたも同然だろい」
「……嘘じゃうそうそ。全部うそっぱち!彼が俺を愛しているかなんて、実は分かりもしないのじゃ」
「なに?」
「なあ、毎日まいにち胸が痛い。それはもうとても。彼が俺のことを愛していると深く確信する瞬間と、それは全く自分の勘違いであるのではないかと失望する瞬間が繰り返しやって来る。前は私を楽しい気持ちにさせた恋の歌も、歌えば歌うほど不安になる。夜は眠れず、誰を見ても彼に見える」
「そりゃお前」
「彼に好かれたいのに、話しているときは皮肉げなことばかり言ってしまう……きっと彼は俺のことを嫌いになってしまってる。胸が痛い。胸が痛い。
 これが恋なのかの?俺は本当に辛い」
「それが恋だろ。お前は今、実のところ幸せだぜ」
「百曲歌うより、一度の経験がこんなに胸に来るとはな」
「さあ、プロポーズに相応しい帽子を俺も一緒に探してやる。だから、その前にひとまず茶を飲みきろうぜ」


第2幕 第3場 領主邸の庭園

「ど、どうも!」
「これは、こ、こんにちは!」
「良いお天気で」
「ええ、天気は非常によろしいようで」
「小鳥はさえずり、まさに五月の昼下がりに相応しい様子ですね」
「ええ、小鳥はさえずっておりますね」
「花は咲き乱れ、人々は談笑し、すばらしいお茶会ではありませんか」
「そう、すばらしいお茶会です。他に何か、素敵なお話は無いのですか?」
「素敵なお話?」
「そう。心躍るような」
「……そうですね。えー。あー。今日は良いお天気です!」
「それはさっきも言いよん!」
「こ、小鳥が…」
「小鳥が鳴いとるのも知っとう!もう、前置きはおやめください貴族様」
「ほ、本題を話してしまってもよろしいので?」
「貴方に、その用意があるのなら」
「用意なら、もう、三ヶ月も前に」
「わたくしは四ヶ月も前からお待ちしております」
「アイリスの花が咲く前から?」
「スミレの花が咲く前から。さあ、言うべき言葉を!」
「ここで膝を着く!
 私は貴方を…愛しています!」
「ああ!なんてことでしょう!」
「初めてお会いした時から、誰よりも」
「ああ、次の言葉を紡ぐのを少しお待ちになってください。胸が、破裂してしまいそうじゃ!
 貴族様、俺の夢をお話しよう。俺は、ずうっと、貴方のような人を夢見て待っていたのです。
 俺を、誠実に、心より愛してくださる人を」
「ででででで、では!貴方も私を愛してくださるのですね?」
「熱烈に!」
「では、わたくしの伴侶となってくださるのですね?」
「…まだ、プロポーズもしていないのに?」
「そんな悪魔的な笑顔を見せないでください。魅入られて、気絶してしまいそうだ!」
「倒れてしまうにはまだお早いでしょう?あと少し辛抱してください。
 公正を期するために申し添えますと、私は受けるつもりでいます」
「嬉しいです!」
「さあ、言うておくれ!」

(曲始まる)
『貴方の素晴らしさを表すのに、私が持つ言葉だけではとても足りません』
『そう』
『貴方のことを、心より愛しております。でも、それだけではとても足りない』
『そう。さあ、立ち上がって瞳をよう見せて。私の愛おしい人!』
『言葉が足りない部分は、見つめあいましょう』
『そう、見つめあえば、何もかもが分かる』
『何もかも』
『愛おしい人』
『愛おしい人』
『狂おしいほどに』
『前から』
『これからも』
『ずっと』
『『とこしえに』』

「貴方の手をとってキスをさせてください」
「ふふ。もう、しとるやないか」
「唇にも」
「早く…」

「何やってんの君ら」

「わほう!だだだだっだ、男爵!出し抜けに現れるのは、こちらの心臓によろしくないのでおやめください」
「わほう!と来たかい。ふん?満足だね。おや、君がひっしと抱きしめているのは噂に聞く役者さんじゃあないか?
 さあそんな顔色を悪くして揺れるのはガマ穂だけに任せておけばいいんだ。早く彼を紹介しておくれ」
「こんにちは。初めてお目にかかります。しがない役者などをやっているやくざな男でありますが、どうか今後お見知りおきを」
「いいね!とても良い。その一筋縄でいかない気配アリアリの唇だとか、銀色の髪だとか。近くで見るとなんとも良いじゃあないか。僕としては、恐ろしくて恋人なんかにするのはごめんだけどね」
「貴方より恐ろしい人だって早々いやしませんよ男爵!」
「うふふ。さて、式の日取りはいつだい?」
「し、しきのひ、ろり?」
「だって君、さっき膝なんて付きながらそれは感動的なプロポーズしてたじゃないか。歌まで歌って。
 俺は感涙が禁じえず、袖が涙でびしょびしょになってしまった」
「白ワインの香りがしよんぞ。こぼしたのではなくて?」
「僕の涙は白ワインなのさ」
「見ていたのですね!」
「一部始終ね。社交界嫌いの俺が何のために茶会なんて開いたと思っているの!このためだと気づかない君たちはなるほど、偏に盲目ってわけだ。
 僕はこの感動のシーンに出会えたことを自叙伝に書きとめようと思う」
「おやめください」
「さあ、俺にはかまわずキスをしたまえ!
 皆を呼んで来てあげるよ。この愛の奇跡を祝福しようではないか!」
「やめんしゃい!!」
「すばらしいね。さあ、この恋が最後までトントン拍子で行くか観客皆さんご覧じろう。と言ったところか」
暗転














2011.1.31

Special thanks Y様









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