そのボタンは間違っている







 







遠くで人が死ぬ音がする。
 俺は重なり合い絶え間ない機関銃の響きに耳を澄ました。その音はどんどんどんどん大きくなって俺の目の前まで来た時が俺が死ぬときだ。銃声一発で人が一人。ミサイル一発で死ぬ人間の人数なんて俺には数えられない。許せ優紀許せ太一許せ。
「亜久津、大丈夫?」
 俺がしばらく俯いていると河村がいいかげん心配に思ったらしく声を掛けてきた。たくさんの瓦礫と砂埃と火薬の臭いと血の匂いの中で、唯一身近なのは俺の傍で呼吸を整えている河村の肩の動きと、いつから握っていたかも忘れてしまうように温んだ銃身だけだ。
「平気だ……」
 もう一言も喋りたくなかったが、この気心の優しい友人を拒絶したらとうとう俺は一人になるに違いない。俺は河村に何かもっと喋って耳の奥まで響いてくる人を殺す音をどうにか消して欲しかったが、こう言う時にこの男はあまり喋らない。喋らずにずっと俺が話し出すのを待つ。
「さっきの。
 太一に似てた」
 俺はさっき間違えて撃った子供の黒々としたでかい目を思い出していた。というよりも一時も忘れられない。
「……子供だったね。まだ生きてるかな……向こうの人が保護したようだったけれど……」
 銃を持った俺が少しでも間違えると、子供が死にそうになるのだ。間違えて撃ったわけでなくても、誰かの父親だったかもしれない男が死ぬのだ。俺は単純に吃驚した。俺は人を殺しに此処に来たんだ。人を殺す以外のことを此処ですることは出来ないんだ。
「俺は太一を殺した。もし俺がこの土地に生まれていたらあいつと知り合って……」
 俺はもう、自分が何を喋りたいのか、何を喋るべきなのかを考えることを放棄した。
「そうだね……」
 河村は表情のない顔で言った。俺がよく知っている、ガキダマの頃からの知り合いの河村がこんな所にいることも不思議でしょうがなかった。こいつが物を壊したり人を殺したりするためにこんなとこまで来るとはどういうことだ?おかしいじゃねえかそんなの。こいつはくだらねえ三文ドラマ見ても泣くような男なんだぞ?そんな男に人を殺させるのか?恋人や、子供や、親や、人間の連なりの中で生きてきた政治的には末端の、ささやかな人々を。
「なあ河村」
「なんだい」
「お前、今どんな気分だ?」
 聞くと河村はしばらく無言で何も答えなかったが、思いついたように一言言った。
「戦争、いやだなあ。
もう、人を殺すのは、いやだな」
 明快な言葉だった。
「そうだな」
 俺は同意した。
 此処に来るまでは、やっぱりこの道以外にないと思っていたのに、街がなくなってゆく様を見て、俺は世界中の偉い奴らをぶん殴りたくなった。お前らの事情なんか知るかよバカ。
「偉いやつらだけが拳で喧嘩とかすりゃいいんだよ」
 俺が、昔みたいな口調で言うと河村は少し笑ったが、笑うと振動が肩の傷に響くらしく、そのまま少し眉を顰めた。
「そうだね。それがいいんだ。どれだけの人が手ごたえのあるもので人を殺せるだろうね」
「なあ」
 粉塵は舞い続ける。人が死ぬ音は止まない。最近は音がしなくても人は死んでゆく。俺は人を殺した。
「河村。俺、もう帰れねえ」
 俺の網膜からはあの黒い目が消えない。それが此処に来る前に送り出してくれた太一のビー玉みたいな目と交互に瞼の裏に渦巻き、気が変になりそうだった。
「駄目だ亜久津。生きて帰らなきゃ」
「だって俺は、太一を殺した」
「亜久津が一緒じゃないと、俺が寂しいよ。
 帰ろう亜久津?」


 涙も出ない俺の背中を、河村は壊れた肩でさすった。奴の方は泣いていて、俺の代わりに流れる、その涙を視界の端で見続けた。その透明な体液すら土埃で汚れ、河村の頬には幾つもの道が出来た。その筋を辿ると、故郷につながっている気すらした。
 俺は、愛したかった。せめて、殺したくなかった。









2006.5.1加筆修正

 人を殺すのは恐い。
 人を殺す結果を選ぶ人は恐い。
 人が死ぬのに自分を変えない人は恐い。
















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